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カウンセラー紹介

 

カウンセラープロフィール

 

 

親子で幸せになる不登校セラピー 
早川 一平(はやかわ かずへい)

 

1990年 秋田県秋田市生まれ。幼少期から
    秋田で育つ

 

1996年 祖父の自殺、両親の離婚を経験する

 

2003年 謎の体調不良,、無気力から不登校になる

 

2004年 フリースクールに通い立ち直る

 

こんちには、
親子で幸せになる不登校セラピー
早川一平です。

 

僕自身、中学1年から3年間不登校、さらには、とても幸せとは遠い家庭環境で育ちました。

 

祖父の自殺、両親の離婚、父の死、そして不登校、朝起きると布団から出られない、布団から出て行こうとすると謎の腹痛などに襲われる。

 

病院に行っても、「体には特に異常はないですね」と言われるばかり。

 

謎の体調不良は長く続くわけではなく、学校に行かなくていいと分かると治ってしまう。

 

だから周りの大人は、「ただ怠けたいだけじゃないのか?」「仮病なんじゃないの?」と思ってしまう。

 

ですが、本当にそのときは痛いのです。

 

僕自身、その痛などの症状は、不登校から立ち直ったからといって消えることはありませんでした。

 

カウンセラーになり、心の仕組み、心理学を学ぶなかで、謎の体調不良の正体は、「感情」だったのだということを理解することができたのです。

 

そして現在は、謎の体調不良の経験、心の仕組み、心理学を活かし、謎の体調不良による不登校でお悩みの親子の方をカウンセリングを通して、サポートさせて頂いております。


↓ もう少し詳しいプロフィール ↓

カウンセリングを受けて、悩みが解決するかどうかは、お子さん、親御さん、そして僕自身との相

性というのも非常に大切なポイントとなりますのでご興味のある方は続きを是非ご覧ください。

 

感情を抑えた幼少期

 

僕の幼少期を、一言で言うなら、「生きた心地のしない」そんな幼少期でした。

 

小学校入学前、大好きだった祖父が自殺をしました。

 

原因は、ギャンブルによる借金、祖母との離婚、孤独に耐えられず祖父は自殺をしてしまったのです。

 

僕にとって大好きだった祖父は、周りの人たちからすると嫌われ者、その空気を察して、僕は大好きだった祖父の死に涙を流すことはありませんでした。

 

そして僕の両親は祖父と変わらないぐらい、ギャンブル好きで借金を抱え、さらに父は精神病持ち。

 

いつ精神が不安定になり、怒り出し物が飛んでくるか、分からない父に脅えながら、毎日を過ごしていました。

 

そして、僕が小学1年になった頃、両親は離婚し、母は生活苦から僕と祖母を父のところに残し家をでたのです。

 

大好きだった祖父を失った悲しみ、両親の離婚、大切な人は一人ずつ僕の前からいなくなってしまう。

 

そんな思いに毎日泣きたい気持ちでいっぱいだったのです。

 

この頃から、僕は感情を感じること、表現することをができなくなっていったのです。

 

父の心が限界に

 

そして時間は流れ、僕が小学6年の頃、父の心が先に限界を迎えることとなります。

 

父から出た言葉は、『もう面倒は見れない、母さんのところに行け!』というものでした。

 

その頃の僕は、感情を出す、表現することはほとんどなくなっていたのです。

 

だから父からの言葉にただ、「分かった」と答えました。

 

そのとき子供ながらに思ったのは、「もう心は痛くない、これならどこでも生きていけそう」そう思ったのです。

 

当時は母も再婚して新しい生活をスタートさせていましたが、事情を聞いた再婚相手の方の配慮もあり、僕、母、再婚相手、祖母との新しい生活を始めることになったのです。

 

新しい生活、そして不登校

 

当時、母は再婚し、新しい生活をスタートさせていましたが、事情を聞いた相手の方の配慮もあり、僕、祖母、再婚相手、母の生活がスタートしました。

 

小学校も、6年2学期から転校し、そして中学に入学し、3ヶ月あまりで僕は突然不登校になってしまいました。

 

新しい環境へのストレス、合わない学校生活、溜め込みやすい性格、家庭でも気を使う生活。

 

全てを自分の中だけに押し込めていたある日、朝起きると体が動かない無気力状態、無理やり行こうとすると謎の腹痛に襲われる、そんな状態になっていました。

病院に行っても、「体には特に異常ないですね」と言われるばかり。

そして学校に行かなくていいと分かると体調は不思議と回復している。

 

原因も分からない、行かなくていいと分かると治ってしまう。

だから周りからは、「ただ怠けたいだけじゃないのか?」、「仮病なんじゃないの?」と思われてしまう。

 

家庭に居場所を無くしたと感じた僕の生活は気が付くと、昼夜逆転の生活になっていきました。

 

そしてそんな生活の中、僕の心を更に追い詰める2つの事件が起きたのです。

 

父の死

 

不登校、昼夜逆転の生活が数か月続いた頃、父が自殺だったのかも分からない、原因不明の死でこの世を去ってしまいました。

 

父が死んでも悲しくない、僕は泣かない、借金ばかりで、愛情なんてろくに感じたこともない、父を思う気持ちなんてない。

 

・・・そう思ってた。

 

気が付いたら、僕は泣いていた。

 

どうしようもないぐたい、ぐちゃぐちゃな顔で。

 

とめどなく流れる涙が父を失った悲しみを僕に教えてくれた。

 

父を失った喪失感から僕は不登校解決どころではないぐらいに、精神的に落ち込んでいったのです。

 

再び離婚

 

そんな父の死から数か月、今度は母と再婚相手が再び離婚したのです。

 

原因はギャンブルによる借金。

 

再婚相手は出ていきましたが、その後すぐに母も家をでました。

 

祖母と性格的に合わないという理由もありましたが、出ていく数日前、祖母に話している母の会話がたまたま聞こえてきたのです。

 

「あの子を見ていると(僕の父)と顔が似ていて、ときどきすごく憎くなる」

 

その数日後、母も家をでました。

 

「僕はいったいなんなんだろう・・・大切な人はすぐに僕の前からいなくなる、親であっても・・・大切に思うから失ったときに悲しみが生まれる、だったら誰も大切に思わなきゃもう傷付くことも、痛みを感じることもない」

 

父の死、再びの離婚、母の家出、この出来事で、僕の感情は氷のように冷たく、更に何も感じないロボットような状態になってしまいました。

フリースクールへ行く

 

不登校の生活も1年が経とうとしていた頃、学校から母を通してフリークールの話がありました。

 

1年が経つ焦りもあり、見学に行き、とりあえず1日行ってみることにしました。

 

そしてこのフリースクールの2年間が、僕のなにも感じなくなって感情の氷を溶かしてくれるきっかけになっていくのです。

 

氷を溶かす出会い

 

フリースクールの先生と面談の際、初めてこんな言葉を言われたのです。

 

「今まで本当に辛かったね」

 

この言葉を聞いたとき、不思議と父を失ったときと同じくらい泣きました。

 

そして泣きながらこんなことを考えていました。

 

「辛い?何がだ?自分が辛い?辛いなんて思っていいのか?」

 

たった一言です。

 

たった一言が、僕の感情の氷を溶かすきっかけになっていきました。

 

祖父の死も、離婚も、父の死も、不登校も、無理やり理解して、自分の心に押し込めて生きていた。

 

理解することはあっても、理解されるという経験はこのときが初めてだったのです。

 

先生だけではなく、そこでは僕を理解してくれる友達もできました。

 

「大切に思わなければ失わない」そう思っていた僕が心から大切にしたい。

 

そう思える友達ができたことはフリースクールでの一番の思い出です。

 

その後、フリースクールを卒業し、定時制高校に入学することができました。

 

謎の体調不良は変わらない

 

しかし、高校生活の間もときどき、謎の腹痛、体調不良に襲われることはありました。

 

そして高校生活を終え、社会人になっても謎の体調不良は改善されることはなかったのです。

 

「不登校も乗り越えた、昔ほど辛いこともないのに、なんでこの体調不良だけは治らないんだろう?」

 

そう考えるようになりました。

 

社会生活も数年が過ぎたころ、自分の人生をこれからどう活かしていきたいと真剣に考えるようになりました。

 

そして考え抜いた末に辿り着いた答えが、今の職業である心理カウンセラーだったのです。

 

心理カウンセラーの道を歩む中で、長年苦しみ続けた謎の体調不良の正体を見つけることができたのです。

 

謎の体調不良の正体

 

謎の体調不良の将来、それこそが僕がずっと押さえ込んできたもの。

 

「感情」だったのです。

 

人は、言葉はいくらでも嘘をつける。

 

でも感情は嘘をつくことができないのです。

 

いつも頭だけで無理やり納得させ、感情は、「悲しい」、「怒ってる」などと感じていても無理やり自分の中に押し込めてしまう。

 

そして感情は暴れだし、体の症状のなっているのが謎の体の不調の正体なのだと理解することができました。

 

そして症状が出ることがいけないのではなく、出たときに適切な対処をすることが大切なのだということが理解できたのです。

 

親子で幸せになる
不登校セラピー

 

今現在は、愛知、岐阜、三重を中心に謎の体調不良による不登校になってしまったお子さん、そしてお子さんを支える親御さんにカウンセリングを通してサポートさせて頂いております。

 

未来へ

 

僕には夢があります。

 

それは、「自分感情を大切にできる人を増やすこと」

 

「喜び」の感情、つまりポジティブな感情だけが大切にされ、「怒り」、「悲しみ」といったネガティブな感情は嫌われる。

 

ですがそのネガティブな感情はすべて、子供にとっても、大人にとっても大切な感情たちなのです。

 

感情を理解することで、謎の体調不良はもう謎ではなくなります。

 

そして感情にあった対処方法を行うことで、体調も回復していきます。

 

感情を理解することは、生きていく上で知っておかなければいけない大切なことなのです。

 

そんな感情を大切にできる人を増やすことが、僕の夢なのです。

 

最後まで読んで頂きありがとうございました。